放禁という名の恐怖感

lovelytsubasa2005-11-13

ここ最近、仕事以外ではパソコンから遠ざかり気味。だったら何をしてたの?というとひたすら読書…だったのデシタ。

『放送禁止映像大全』(天野ミチヒロ著/三才ブックス)、『封印作品の謎』(安藤健二著/大田出版)等をたて続けに読む。政治的圧力や表現方法等様々な理由で放送自体が禁止になったり、本放送以降の再放送やソフト化が閉ざされてしまった作品について、両書とも膨大な資料&取材でまとめていました。読後感は爽快…なんていう訳がなくて、言葉に出来ない
居心地の悪さや恐怖感が身体にべっとりと貼りついた感じです。

そこに当然あるモノや人間が、ある日突然消えてしまって、しかしそれはもともと存在していなかったものと周囲の人間が口を揃えているような状況。放送禁止やおクラ入り作品を知るたびにそういった恐怖感に襲われます。

しかし、そんな事を言いながらも以前から放禁モノのドラマについては個人的に研究していたため、新たな発見もありました、モチロン…。

テレビドラマ史では特に60年代の黎明期に放送禁止(中止)となった作品では『東芝日曜劇場・ひとりっ子』(自衛隊非難の内容が原因)『悪い奴』(国会議事堂の爆破シーンが問題)『判決』(数多くのエピソードが放送中止に)『若者たち』(内容があまりにも暗いから…とは随分な理由)あたりが有名ですが、この時代では主に政治的な配慮による禁止・中止措置が多かったのには驚かされます。そして70年代に入ると急激に増加するのは差別的表現といわれるもの。現在では出演者や関係者の犯罪によるものが原因となっているものが多くなっているようです。時代によって禁止・中止理由が変化している事に改めて驚き…なのデシタ。